先日とある飲み会でこの話題について盛り上がったので何となくメモメモ。
社会人生活、というかサラリーマン生活を数年間やって感じたことの一つに情報収集機能としてのタバコ部屋の重要性がある。酒とタバコはコミュニケーションツールと言われるが、酒よりもタバコの方が威力が強いとの印象をうけた。だから、タバコを吸わない人たちが情報収集を行うための「疑似タバコ部屋」を作ろうと画策したこともあったのだが、それはひとまず置いておいて。
酒、というと「飲ニュケーション」という言葉がある。確かにその効用はあると思うのだが、日々の業務のなかで毎日飲みに行くのは無理があるし、酒の席で酔った勢いでうっかり言ってしまった一言が…なんていう副作用もあるので安全とは言い難い側面もある。
で、だ。私はタバコを吸わないのだけれど、タバコを吸わない人からすると、タバコ部屋で行われている日々の(というか毎日数回は確実に行われている)他の部署や上司、部下とのコミュニケーションの厚みがうらやましくてたまらないのだ(もちろんタバコ部屋を介した負の情報共有もあるし、その悪影響が企業にとっての重しになるケースもあるだろうが、ここでは割愛する)。後追いで情報収集を行うことはある程度可能ではあるけれど、 毎日毎日行われるその営みと同程度の情報量を自分一人で収集するのは無理があるし、相手もそんな暇はないだろう。
飲み会の席でふと疑問に思って、タバコ部屋とKMについての関連性について調べた論文や調査ってあるの?と聞いてみたところ、やはりそういう調査は既にいろいろあるようで、社内の重要な情報が実はタバコ部屋を介して伝達されていたという調査も行われているとのこと。
難しいのはここから。では、タバコ部屋の代用となるようなKMの仕組みを作ることはできるのだろうか?一体何がタバコ部屋を成立させているのだろうか。これは正直今までよく分かってなかったので、飲み会の席でのお話がすさまじく参考になった。要は、タバコ部屋はマイノリティの集まりの場であるからこそ、連帯感が存在し、部署や年齢の垣根を超えて情報が共有されるのだ。
タバコ部屋、はマイノリティが隔離された場所である。しかも、近年の禁煙の流れの中、タバコ部屋の存在自体が少なくなっている中、このマイノリティ間での連帯感はその連携を深めいているらしい。そして「タバコを吸う」という共通項があるからこそ、部署間や年齢差という壁を超えて、さまざまな情報が共有される。タバコというツールを欠いた単なる休憩スペースでは、こういった雰囲気を醸成させることはできない。このマイノリティという性質を全社レベルで実装することは至難の業となる。実際にタバコ部屋的コミュニケーションをSNSや他のコミュニケーションツールを使って実現しようとしても失敗することが多いのだそうだ。
ここまでが、先日参加した飲み会でのお話。ここからは自分の推論。「日本語」のお話。
以前大学時代に聞いたエピソード。とある教授がMLを運営していた。参加しているのは国際政治を専門とする大学教授や専門家。一つは英語のMLだったので、世界各国からさまざまな人が参加していて議論が行われていた。もう一つは日本語のML。日本語なので当然ながら参加しているのは日本人のみ。で、「この二つのMLのどちらが運営簡単ですか? 」と質問してみたところ、当然ながら前者であるとの答えが返ってきた。日本語のMLだと敬語などがあることから、どうしても年齢差などが意識されてしまい、若手が年上の先輩に質問などを行うことが難しくなり議論が停滞する。日本語に比べれば年齢差などを意識しなくて済む英語での会話では、こういった問題が発生することが少ないのだとか。
タバコ部屋には、そこがマイノリティの集まりであるからこそ日本語が持っている年齢による上下格差を「見えなく」させ多様な階層の人間の集まりであっても情報共有を円滑に行うことを可能とする日本独自の現象があったのかもしれない。
ただし、日本においても今後禁煙の流れは確実に進んでいくため、タバコ部屋の衰勢も時間の問題。あと10年くらいでこの文化は無くなってしまうかもしれない。そのとき、タバコ部屋の替わりとなるKMの方法論はどうなっているのだろう。